大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)3199号 判決
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〔判決理由〕一、原告が本件特許権(編注、特許第二九七六三七号、出願公告昭三五―一二六三四号)を有することおよびその特許請求の範囲の記載が原告主張のとおり(編注、特許請求の範囲の記載「本文に記載する如く通気性なきケーシングを用い食肉加工品を作るに当り、真空処理を行つて内容物及びケーシング中より良く空気を排除した後ケーシングを密封したものを殺菌する時レトルト内に加圧空気を送入して加熱を行い。冷却の時、又加圧空気及び加圧冷水を送入して、ケーシングを膨脹せしむることなく、原型のままにて殺菌と冷却を行う事を特徴とするケーシングの破裂及び皺の防止法」)であることは、当事者間に争いがない。
二、本件特許発明の内容
(出願当時の技術水準)
<証拠>によれば、つぎの方法がいずれも本件特許出願時既に公知であつたことが認められる。
(1) 罐詰食品の加熱殺菌方法として、加熱の際に容器中に封入された空気が膨張することにより罐が破損するのを防止するため、まず真空処理を施し、次いでレトルト内で加熱する方法および或る種の製法では加熱後冷却する際に圧力の調節の下に冷却する方法
(2) 瓶詰食品の加熱殺菌方法として、加熱の際に瓶内の内圧の増大によつて蓋が離脱するのを防止するため、まず真空処理を施し、次いでレトルト内で加熱する際にレトルト内に高圧空気を送入してレトルト内圧力を加熱中に瓶内に発生する推定最高圧力に等しくして加熱し、最後にレトルト内に加圧冷却水を送入して冷却する方法
(発明の詳細なる説明の記載)
本件特許公報中の発明の詳細なる説明中には、次の記載がある事実が認められる。
(1) ソーセージではケーシングとしては、もと獣腸が用いられた。これは燻煙によつて煙が浸透するから燻煙には適するが水分を透過するから、殺菌の効果を期することは出来ない。その代用としてはセロファンが用いられることがあるが、これも水分を透過する。この欠点を補うために防湿セロファンが現われているが、伸縮性が無いから製品の表面に皺を生ずる。これに代つたものが塩酸ゴムケーシング及びビニリデン樹脂ケーシングである。これらのものが現われるに至つてケーシングの面目は一新されるに至つた。
(2) 塩酸ゴムケーシング及びビニリデン樹脂ケーシングは大凡摂氏一〇〇度に於て総体の三〇%内外の収縮性を有しており、この収縮性を利用して皺伸しを行うことが出来るのである。
(3) 加熱を終つたものは細菌の芽胞の発芽を防ぐ為に急速に冷却を行うのであるが急速に冷却すると先ずケーシングが冷却して収縮性を失い、次々内容物が冷却して収縮するから、収縮性を失つたケーシングは皺を生ずる。この皺を伸す為に更に今一度加熱を行うのであるが、この加熱は殺菌温度よりも摂氏一〇度内外の高い温度に於て一分間内外加熱し、皺が伸びるのを限度として行うものである。
(4) 従来のソーセージの如きは皺伸しを行つた後製品として市場に出荷したのであるが、コーンビーフの如く摂氏一一五度内外の高熱殺菌を必要とするものは、ケーシングの熱の為に其の強度を著しく低下して、摂氏一一五度内外を以て殺菌を行う時ケーシングの内部に発生する三〇ポンド内外の圧力に耐える事が不可能となつてケーシングの破裂を生ずるに至る。又破裂を免れたものも殺菌温度を更に上廻る皺伸を行う事は実行不可能である。
(5) 本発明は従来のこれらの欠陥を除去しケーシングを破裂することなく高熱殺菌を完全に行うと共に、高熱殺菌の際に生ずる皺を完全に除去し、皺伸の工程を全く必要とせざるものである。
(6) 斯様にしてコーンビーフは原型のままに於て加熱され、原型のままに於て冷却される結果、ケーシングの破裂する事全くなく、ケーシングの有する収縮性はそのまま有効に発揮せられてコーンビーフの内容物に密着してケーシングには全く皺を生ずることなく、光沢ある美麗な表面を有する製品が得られるのである。
(特許異議審査段階における出願人兼発明者の釈明)
本件特許出願人兼発明者Nは、本件特許権の審査段階における異議申立に対し、本件特許発明の対象となる「通気性なきケーシング」について次の釈明を行つている事実が認められる。
(1) 本願に於て通気性なきケーシングとは広くあらゆる資材を含む包装するものを指すものではなく食肉加工品の製造に当つて、肉を充填するために専ら使用する通気性なき薄い皮膜を意味するものである。食肉加工業に於て通気性なき薄い皮膜をケーシングと称する事は社会の通念であつて全く疑義の存在しないところである。……
(2) 罐詰も通気性なき包装資材の一部であるが、たとい空罐が薄いブリキ板であるとは言つても罐詰が伸縮自在で柔軟な薄い皮膜ではないから、通気性なき薄い皮膜は罐詰にあらず……。
(3) 之を要するに本願の皮膜の皺裂及皺の防止法に於てはきわめて容易に皮膜を全く破裂することなく皺を生ずることなく、皮膜は光沢ある美麗な表面を有するにいたるのに反して、甲第二号証第六七頁に記載するサンマの貯蔵法に於ては、皮膜は空気の存在によつて極度に膨脹してケーシングとレトルトの圧力調制によつてわずかに破裂を免かれたが、皮膜は極度に弛緩伸長して多量の皮膜の余剰(皺)を生じ加熱後脱気して皮膜内の空気を排除する工程、多量の皺を切り取る工程、脱気と皺を切り取りたる後再封緘を行う工程、等の諸工程を絶対に必要とする……。
(4) ひるがへつて、吾国の食肉加工業界の現状を見るに、日産四〇―五〇万本の生産と優秀なる科学的生産設備を誇る食肉加工業の大メーカーを始め全国のメーカーが食肉加工品皮膜の破裂と皮膜皺の防止に未だに決定的手段を有せず、皺延しを心須の工程としている実状は、本願の皮膜の破裂と皺の防止方法が決して公知公用にあらざる事を証明するために最も有力な証拠を提示するものに外ならない。
(本件特許発明の内容)
以上認定の本件特許出願当時における容器密封食品の加熱殺菌方法に関する技術水準、発明の詳細なる説明の記載および特許異議審査段階における出願人兼発明者Nの釈明を考え併せると、本件特許発明は、塩酸ゴムケーシングやビニリデン樹脂ケーシングの如く、柔軟な薄い皮膜で、通気性がなく、摂氏一一五度内外に加熱すると破裂のおそれがあり、しかも、右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するが冷却しても完全には元の状態に収縮しないケーシングに食肉加工品を袋詰めして加工するにあたり、どのようにすれば、これを摂氏一一五度内外まで加熱して殺菌してもケーシングの破裂を防止することができるだけでなく、冷却時に皺を生じるのを防止することができるかという二つの事項を課題とし、これを特許請求の範囲に記載のとおり解決したものであつて、右記載にいういわゆる「通気性なきケーシング」は、柔軟な薄い皮膜で通気性なく、摂氏一一五度内外に加熱すると破裂のおそれがありしかも右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するが、冷却しても完全には元の状態には収縮しない性質を有するものに特定されると解せざるを得ない。<中略>
三、被告使用のケーシング
被告使用のケーシングであることについて当事者間に争いのない検乙第二号証及び弁論の全趣旨を総合して考えると、被告使用のケーシングは、ホリエステルフイルム(外側厚さ一二ミクロン)、アルミニウム箔(中層厚さ九ミクロン)、ホリエチレンフイルム(内側厚さ七〇ミクロン)の三層を接着したフイルム二枚を合せてその縁辺を接合した袋であり、右中層にアルミニウム箔を挾むプラスチックフイルム製袋は、通気性はなく、摂氏一一五度内外に加熱した場合破裂のおそれがあるものであることが認められる。しかし、右ケーシングは右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するものであるとは到底認められないから、本件特許発明にいう「通気性なきケーシング」には含まれないといわなければならない。
原告は、被告の右ケーシングは物理的伸長性を有し、かつ復原力なきが故に加圧下に加熱し、冷却時も最初は加圧下に行い、その後加圧せずに急冷した実験をなしたところ右袋の周辺部に細い皺が発生した旨主張し、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、右ケーシングが復原力なきことは明らかに認めうるところであるが、右実験において発生した皺であると原告が指称するところのものは、右ケーシングが物理的に伸長した後冷却に伴い発生した皺がはなくむしろ、右ケーシングが加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長する性質を有しないため、ケーシングの内圧によりケーシングの接着部の一部が剥離あるいは部分破裂した結果生じたものであると認められるから原告の右主張は採用することができない。
要するに、被告のケーシングは、加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するという性質のものではないから、本件特許発明の課題を生ぜしめる対象外であり、右ケーシングを用いる被告の方法は中層にアルミニウム箔を挾むプラスチックフイルム製袋の材料を採用することによつて、皺の発生防止については既に解決しているのである。
このようにみてくると、被告方法が加熱殺菌の際レトルト内に加圧空気を送入して加熱を行い、冷却の時加圧空気及び加圧冷水を送入しているとしても、それは本件特許出願時公知の破裂防止の技術を用いるに過ぎず、本件特許発明の課題に対する解決としての技術思想を全体として用いるものとは到底認めることはできない。
四、結論
以上によつて被告方法が原告の有する本件特許権を侵害することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却する。
(大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)